6.江戸崎の祇園についてQ&A
「広報えどさき」354号より.1987年12月

祇園祭は、八坂神社のお祭りと聞きましたが、なぜ、鹿島神社と合同で行っているのでしょうか…

答.合同で祭礼を行っているのは、大変珍しいといわれております。さて、明治5 年(1872 )明治新

政府
は、太政官布告をもって、官社・諸社の別と社格を定め、7 月に「郷社定則」を制定し、府・県社、

郷社、
村社の社格が規定され、これらの社格が与えられない神社を、無格社としました。

そこで、鹿島神社が
村社に八坂神社が無格社に格付けされ、これを契機として両社合同で祭礼が実施

されるようになったとの
ことです。

これについて、明治20 年8 月の八坂神社記録では、「明治の御代の始め、皇国の社務を撰り定むる日

に、鹿島大神は村社に列なり、八坂大神は、無格社となりぬれば、鹿島大神の祭礼に八坂大神の神霊を

かねあわせ、神輿の受けわたし執りおこなう祭礼に定りけり」とその由来について記しております。

問.今の当番制を採るようになったのは、いつごろからですか…

答.明治28 年(1895 )7 月の両社祭典録によりますと、「明治10年(1877 )に「当番制」

により執行
するに決した」とありますが、今のような方法で実施されるのは、明治28 年からで

「神官・産子総代始め
各町の会議員一同協議の上(略)本年より永久新記録として執行するに決定

す」とあります。10か町が
参加し、当番の順序は抽せんで決めたとのことです。

その結果、一番が西町となり、以下、浜・本宿・門前・切通・戸張・荒宿・根宿・田宿・大宿の順と

なり
ました。この「10 か町をもって当番順次に相努め」「当番は新加入の申込み有之ときは、各町

の協議を
経て取定むる事」と定めており、現在もこの10 か町が交代で行っております。


問.7 月に鯉と鰻を食べないのは…

答.江戸崎の天王様のご神体は、小野川の上流(根本)から流れてきたものが鯉と鰻の上に

もみ上げられたものを拾い上げ、真菰に奉置してお迎えし祀ったものといわれてます。

そのため7月(旧6 月)中は、鯉と鰻は神のお供、食べると罰が当たるとして、今でも祭礼が

終わるまでは食べません。

旅行先で失念し食べたため、帰町後お祓いを受けたという話を聞いたこともあります。

また、桜川村古渡ではえびを食べず、竜ヶ崎市貝原塚の八坂神社の祭礼では、神前に魚を供え

氏子は祇園祭が終わるまで精進料理(品目は25 種類もある)を食べるとのことです。

この時期は、ちょうど産卵期に当たりますので、一種のタブーとして神と一緒にして食べると、

罰が当たるとして資源を保護したという説もあります。

(当時の魚類は、貴重な蛋白源でした。)

さらに、おいしいものは下々の者に食べさせるなという、為政者の考えが働いているのでは

ないかという説などもあります。

問.神輿に桔梗の紋が付いているのは…

答.確かな資料がありませんので、推測の域を出ませんが、旧村社の鹿島神社は、社伝によれば、

元亀2 年(1570 )城の守護神として、江戸崎城主土岐冶英が祀ったものといわれています。

土岐家の家紋は「桔梗」ですが、祇園祭が天正年間(1573 〜92 )に始まったということと

考え合わせ、この地域の支配者であった土岐氏の家紋である、桔梗の紋が付いていても不思議では

ないと思います。

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